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福岡高等裁判所 昭和37年(ネ)170号 判決 1963年4月30日

第一審原告(反訴被告) 川南幸八

右訴訟代理人弁護士 古賀野茂見

第一審被告(反訴原告) 小川サイ

第一審被告(反訴原告) 御堂正一

右両名訴訟代理人弁護士 岩本健一郎

主文

原判決中第一審被告(反訴原告)御堂正一の反訴に関する部分を除くその余を左のとおり変更する。

第一審被告(反訴原告)等は、原判決別紙目録第一記載の家屋から退去して、右家屋及び同目録第二記載の土地を第一審原告(反訴被告)に明渡せ。

第一審被告(反訴原告)等は、連帯して第一審原告(反訴被告)に対し、昭和三二年二月二五日以降前項の土地明渡に至るまで一ヶ月金二、五〇〇円の割合による金員を支払え。

第一審原告(反訴被告)は第一審被告(反訴原告)小川サイに対し、金七二七万七、〇〇〇円を支払え。

第一審被告(反訴原告)小川サイのその余の反訴請求を棄却する。

第一審原告(反訴被告)の当審における予備的請求を棄却する。

原判決中、第一審原告(反訴被告)より第一審被告(反訴原告)御堂正一に金五二〇万二、二二五円の支払を命じた部分を取消す。

同被告の反訴請求を棄却する。

本訴に関する訴訟費用は、第一、二審を通じて、第一審被告(反訴原告)等の負担とし、反訴に関する訴訟費用中、第一審原告(反訴被告)と第一審被告(反訴原告)小川サイとの間に生じた部分は、第一、二審を通じて一〇分し、その三を第一審原告(反訴被告)の、その余を右小川サイの負担とし、第一審原告(反訴被告)と第一審被告(反訴原告)御堂正一との間に生じた部分は第一、二審を通じ同被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告が原判決別紙目録記載の土地を所有し、その内同目録添付図面の部分(以下本件土地と略称)を訴外松原日吉に賃料、年額金三万円の約旨で賃貸し、同地上に同目録記載第一の家屋(以下本件家屋と略称)が建設せられ、右家屋につき昭和三二年二月二五日被告小川サイ名義の所有権保存登記がなされたこと、被告両名が本件土地を占有していること、は当事者間に争のないところである。

しかるに、被告等は、本件土地の占有を原告に対抗し得べき権原として賃借権を有する旨抗弁するのでその当否を検討すると≪証拠省略≫を綜合すると、訴外松原日吉は原告から建物所有の目的で本件土地を賃借した後訴外日本建築工業株式会社に本件家屋の建築工事を請負わしめたところ、資金難の為、建物としての外郭工事が出来上つた段階でこれを同会社に譲渡し、同社において昭和三二年二月一二日さらにこれを被告等に代金三七〇万円で売却したこと、被告等は、買受名義人を被告サイとし、建築名義人を訴外松原より右サイに変更する旨の届出をなした上、被告等においてこれが建築を完成し、被告サイ名義で所有権保存登記を了し、被告正一は義妹の関係にある同被告と事実上共同して旅館「東山手荘」を経営していること、被告等は日本建築工業株式会社から本件家屋を買受けるにあたり、訴外松原日吉の有する本件土地の賃借権をも譲り受けたところ、同社の取締役である訴外菊池金松が原告の親類である、と称し右賃借権の譲渡については、金松において原告の承諾を得るよう尽力するというので同訴外人に任せておけばよいものと安心し、被告等においてこの点につき直接原告と交渉してその承諾を得たことはなかつたこと、しかるに、訴外金松は、当時原告が大阪に居住していた為、直接又は人を介して原告に対し被告等に対する右賃借権譲渡の承諾を求めたところ、長崎市に居住する実弟川南正雄と相談するようにとの回答があつたので、右正雄に承諾を求めたが、結局その承諾を得るに至らなかつたこと、を逐一認定するに十分である。右認定に反し、被告等において本件土地の賃借権を譲り受くるにつき、原告の承諾を得た、との被告等の主張に副うかの如き原審証人村田忠昭(第一、二回)の証言は信用し難く、他に叙上の認定を覆して被告等の右主張事実を確認するに足る証拠はない。

してみると、本件土地の占有権原として賃借権を主張する被告等の抗弁は採用することができないので、被告等において右土地の占有を原告に対抗し得べき権原を有することにつき他に主張立証のない本件においては、被告等は、本件土地の不法占有者として原告に対しこれが明渡に応ずべき義務があるものというべく、右の次第であるから右土地につき賃借権を有する旨の確認を求める被告等の反訴請求は、その理由がなく、棄却を免れない。

よつて進んで被告等の買取請求権行使の抗弁について審究する。前段認定事実に徴すれば、本件家屋は被告両名の内部関係においては、その共有に属するものと認めるのが相当であるところ、前記の如く登記簿上は、被告サイの単独所有とされているのであるから、被告正一の共有権はこれを以て第三者である原告に対抗することを得ず、結局右家屋は、原告に対する関係においては被告小川サイの単独所有と認めざるを得ない。しかるに被告等が借地法に基いて原告に対し、右家屋の買取請求権を行使し、その意思表示が昭和三六年八月一七日原告に到達したことは、本件当事者間に争のないところであるが、被告正一は、同法第一〇条所定の買取請求権行使の適格を有せず被告サイのみがその適格を有するものであること、は右認定事実に照してこれを首肯し得るから被告正一のなした前記買取請求権の行使は他の判断をまつまでもなくその効力を生ずるに由なく、被告サイのそれは、有効にその効力を生じ、同日限り本件家屋の所有権は原告に移転したものというべきである。而して、当時における右家屋の時価を検討するに一般に地上家屋の新築後買取請求権が行使された場合には、(イ)当該家屋と同等の資材を以て買取請求当時に同様の家屋を新築する場合のいわゆる再建価格から、(ロ)実際の経過年数及び現況に応じた家屋の損耗減価格を控除した客観的な純建物価格(もとより当該家屋の場所的環境による経済的利益をも参酌すべきである)を以て右時価と解するのが相当である。この点につき、原告は、右時価を決定するにあたつては、地上家屋に抵当権が設定せられている場合には、さらに抵当債務額を控除すべし、と主張するけれども、当裁判所は、原判決と同一の理由の下に右の見解には賛同し得ないので、原判決の右説示をここに引用する。

しかるに原審における鑑定人今泉金一の鑑定理由によれば、右時価は適正な取引の価格によるべく、かかる価格の算定にあたつては一般に、前記(イ)の価格から(ロ)の損耗減価格を控除した後、さらにその二五パーセントを減額すべきであるとの考え方によつているので右鑑定の結果はとうてい採用することができない。よつて右の時価算定基準につき当裁判所と同様の見解をとるものと認められる当審の鑑定人小中譲、同森谷浩孝の各鑑定結果によれば、本件買取請求権行使当時における右家屋の時価は、両鑑定の平均価格すなわち、金七二七万七、〇〇〇円を以て適当とすべきである。よつて原告は被告サイに対し、本件家屋の買取価格として右金額を支払うべき義務がある。

してみると第一審被告正一の反訴請求中第一審原告に対し本件家屋の買取代金の支払を求める部分は、その全部が失当であり同サイのそれは、右認定に係る代金の限度において正当であるが、その余は失当として棄却を免れない。

ところで、被告等は、右代金の支払があるまで本件家屋ひいてはその敷地である本件土地の明渡をも拒否する旨主張し、いわゆる同時履行の抗弁権を行使するもののようであるが、右家屋については訴外福岡相互銀行の為根抵当権の設定がなされていることは、当事者間に争がないので、買主たる原告は右抵当権の滌除の手続を終るまで、代金の支払を拒み得ること民法五七七条に照して明らかであるから被告サイにおいて原告に対し遅滞なく右抵当権の滌除をなすべき旨請求したに拘らず、原告において右手続を怠つた等右代金支払拒絶権の消滅をきたすべき特別の事情を認むべき立証のない本件においては、同被告は、本件家屋の引渡につき同時履行の抗弁権を有するものではない。従つて被告サイはもとより同被告の右同時履行の抗弁を援用し得るに過ぎない立場にあるものとみられる被告正一においても右買取請求と同時に直ちに原告に対し、本件土地の明渡をなすべき義務があつたというに妨げない。

次に原告の被告等に対する本件土地不法占有に因る損害金請求の当否について検討するに、前段認定によれば、被告等は、本件家屋の所有権を取得し、右土地を共同して占有して以来現在に至るまで原告に対抗すべき何等の権限なくして右土地を占有するものでありこの占有関係は不法占有を以て目すべきである。よつて、被告等は本件土地につき原告と被告等の前主たる訴外松原日吉との間の賃貸借がなお存続するか否かにかかわりなく右土地の直接占有者として所有者たる原告に対し、これが損害を賠償する義務があるものというべく原告及び右松原間の賃料が一ヶ年金三万円であつたことは、当事者間に争がないので、これと当審における鑑定人小中譲の鑑定の結果を併せ考察し、右賃料(一ヶ月当り金二、五〇〇円)を以て本件土地の相当賃料と認める。よつて、被告等は原告に対し、右土地を共同して占有するに至つた後である昭和三二年二月二五日(被告サイ名義に本件家屋の所有権保存登記完了の日)以降これが明渡に至るまで一ヶ月金二、五〇〇円の割合による相当賃料による損害金を連帯して支払う義務があるものといわなければならない。

次に原告の予備的請求の当否につき審接する。原告は、被告サイのなした本件家屋買取請求権行使の結果、原告が該家屋の所有権を取得したことを理由としてこれを占有する被告等に対し、相当賃料による損害金の支払を求める旨主張するけれども、本件の如き買取請求権が行使された場合においても、民法五七五条の適用があるものと解すべきところ、同条によれば、売主は引渡を了しない売買の目的物につき果実を取得する権利を有するものであり、この権利は目的物の引渡前に売買両当事者間に生ずべき果実の収取、代金に対する利息の支払等諸種の錯雑な法律関係を解決する為、買主の支払うべき代金につき利息を免除したことに対応し、売主において目的物の保管費用を負担することを前提として認められたものであるから右の立法趣旨にかんがみれば、未だ代金の支払を受けない売主は目的物の引渡をなすまではこれについて適法に果実を収取し自らこれを占有する場合は無償でこれを使用することを得るものと解するのが相当である。従つて原告において本件家屋の買取代金の支払を了し、またはこれを供託して代金債務を消滅せしめるか、または右債務の不履行によりて生ずる一切の責任を免れた事実の認められない本件にあつては、被告等は右家屋の引渡をなすに至るまでこれを無償にて使用することができるものというべく(被告正一は前記に認定した被告サイとの関係にかんがみ、売主サイの右権利を援用することができるものと解する)本件において前記の如く被告等が原告に対し本件家屋の即時引渡義務を負担していることは右の結論を左右するものではない。されば、被告等が右買取請求権行使の結果原告の所有に帰した本件家屋を占有することにより原告に賃料相当の損害を生ずることはないから、被告等に対し右家屋の相当賃料による損害金の支払を求める原告の予備的請求は他の判断をなすまでもなく失当として棄却を免れない。

果してしかりとすれば、原告の本訴請求につき、被告等に対して本件家屋より退去し、本件土地の明渡を求める部分を認容してその余を棄却し、また被告等の反訴請求につき、予備的請求の一部を認容し、その余を棄却した原判決は変更を免れないから、原告の本訴請求及び被告サイの反訴請求に関する原判決部分を主文のとおり変更し、被告正一に対する原告の本件控訴は理由があるので、原判決中、同被告勝訴の部分を取消し同被告の反訴請求を棄却することとする。なお原告の予備的請求は、すべて理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九六条を適用してその負担を定め仮執行の宣言については、事案にかんがみ本件についてこれを付するのは適当でないから、当裁判所は、これをなさないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高原太郎 裁判官 高次三吉 木本楢雄)

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